Kept

ホーム / ガイド

亡くなった家族の服、どうするか

服は、その人が残した他のものとは違います。本やマグカップは、大まかな意味で「その人のもの」です。着古したカーディガンは、その人の肩の形がまだ残っていて、しばらくはその人の匂いがして、かけ方までその人がかけたままの形です。だからこそ、家の他の場所がすべて片づいた後も、クローゼットだけが最後まで手つかずのまま残ります。そしてそれは、他の部屋とは違う向き合い方が必要だということでもあります。

「片づけるべき時期」など、そもそも存在しない

善意のアドバイスには、たいてい暗黙の期限がついてきます。一年以内に、まだ動けるうちに、辛くなる前に。ほとんどの人にとって、それは当てはまりません。悲しみはカレンダー通りには進みませんし、二年間閉じたままのクローゼットは、解決を待っている問題ではなく、今のあなたがいる場所そのものです。引っ越しや契約更新のような本当の期限がない限り、それが「家の中で唯一耐えがたい部屋」でなくなるまで、扉を閉じたままにしておいても何も失われません。始める前に本当に確かめる価値があるのは、その扉を開けるのが「準備ができたから」なのか、それとも「そろそろ準備ができているはずだと思うから」なのか、という一点だけです。前者だけが、開ける理由になります。

残すものと、着るもの——両方あっていい

「全部残す」か「全部手放す」かの二択ではありません。多くの人が最終的に残すのは、具体的でそれほど多くない範囲です。よく着ていたシャツ一枚、出かけるときにいつも羽織っていた上着、まだその人の匂いが残るマフラー。自分でそれを着る、仕立て直して実際に使えるものにする、あるいはただ畳んで引き出しにしまっておく——どれも正当な結果で、優劣はありません。一つずつ判断していくより役に立つのは、先におおよその量を決めておくことです。棚一段、小さな箱一つ、数枚——その制限に選ぶ作業の一部を任せることで、開けっぱなしのクローゼットを前に「どれも手放せないほど大事」に見えてしまう状態を避けられます。

匂いは薄れる——それを見越して選ぶ、抗うのではなく

あらかじめ知っておく価値のあることが一つあります。その服を「その人らしく」感じさせる匂いは一時的なもので、空気に触れたり洗濯したりするうちに薄れていきます。特定の一枚に強くその匂いが残っていて、それがあなたにとって大切なら、普段の収納のなかで自然に薄れてしまう前に、袋や密閉容器に入れておくことで、薄れる速さをかなり抑えられます。だからといって全部を未着用のまま封印する必要はありません。本当に大事な一枚か二枚について、なんとなくではなく意図して選ぶ、ということです。

量を、小さくて使われるものに変える

クローゼットまるごとを意味あるまま持ち続けるのは難しいものです。量が多すぎて頻繁には開けられず、結局は「記念」ではなく「保管」になり、いずれ忘れられていきます。その一部を小さな何かに変えることは、服をまるごと残すのとは違う形でこの問題を解決します。お気に入りのシャツを何枚か使ったキルトや毛布、数枚の服から作る小さなぬいぐるみやクッション、額装した一片。こうしたものが存在するのは、畳まれてクローゼットにしまわれた服の山は一度開けたらその後開かれないことが多い一方で、ソファにかけられた毛布は実際に使われ、目に入るからです。これは同じ結果の縮小版ではなく、はっきり違う結果です。

残さない分は、実際どこへ行けるか

残さなかった服は、近所の古着回収ボックスに入れる以外にも、良い行き先があります。コートや防寒着は、冬を迎える前の時期にシェルターや冬物衣類の寄付活動が直接必要としています。スーツや仕事着は、面接に着ていく服を用意できない人を支援する団体が受け取っています。その人が生前つながりのあった特定の病院やホスピス、支援団体があれば、患者や利用者のために衣類を直接受け取ってくれることもあり、名前も知らない回収ボックスより、実感のあるつながりとして感じられることもあります。これは一人で、しかも急いで決める必要はありません。友人や家族に隣で手伝ってもらい、運んだり仕分けたりする体力的な作業を任せて、自分は判断することだけに集中する、というやり方も十分に理にかなっています。

手放す前に、写真を撮っておく

家から出ていく前に写真を撮っておけば、手放すという決断が、後でその姿を思い出せなくなることを意味しなくなります。これは家の中の他のどの思い出の品よりも大事なことかもしれません。服は他の思い出の品と違って形として残り続けるものではなく、一度手放したら、後から撮り直せることはほとんどないからです。Kept の写真登録はまさにこのためにあります。写真一枚と名前があれば十分で、「誰のものか」でタグ付けもできるので、残すと決めた数枚は、家の他の持ち物に紛れることなく、リストの中でその人のものだとはっきりわかる形で残ります。

何が「片づいた」ことになるのか

空になったクローゼットでも、空にすべき決まった日付でもありません。自分が本当にそばに置いておきたいと思うものが、具体的な数だけ残っていること。数枚の服が、しまわれたままではなく、実際に使われる第二の人生を歩み始めていること。そして残りが、実際に誰かに着てもらえる場所に届いていること——それも、カレンダーが示す「そろそろこの段階」ではなく、そのときの自分に本当に見合ったペースで。