ノベルティや無料でもらった物、使わないまま溜まったらどうするか
展示会でもらったトートバッグ、会社のロゴが入ったボールペン、前の出張で泊まったホテルのミニシャンプー、雑誌の付録の試供品、「購入特典」でついてきた傘――どれも、家に入るほとんどの物が通る関所、「これにお金を払う価値があるか」を一度も通っていません。タダで手に入ったからこそ、逆に手放しにくくなります。
無料の物は、なぜ判断をすり抜けるのか
どんな小さな買い物でも、支払う瞬間には「これは値段に見合うか」という小さな判断が入ります。この判断こそが関所であり、無料の物だけがそこを通らずに家に入ってきます。ブースで水筒を差し出されたとき、値段と使い道を天秤にかける瞬間はありません。選択肢は受け取るか、その場で気まずくなるかの二つしかなく、ほとんどの人は受け取ります。結果として、一度も自分で選んだことのない物で家がいっぱいになります。
これははっきり言葉にしておく価値があります。あとから感じる罪悪感は、そもそも見当違いだからです。あなたは買い物の判断が下手なのではありません。判断そのものをしていないのです。物は判断を伴わずにやってきたのだから、判断を伴わずに出ていってよく、そこには守るべき何かなど最初からありません。
感じている「義理」は、物ではなくその瞬間に対するもの
目の前で無料の物を断るのは、買った物を返品するのとはまったく違う気まずさがあります。だから多くの人はいったん受け取り、その気まずさを引き出しに先送りします。その場の判断としては悪くありません――ひと言の笑顔のほうが、ブースやフロントでのちょっとした気まずいやり取りより安上がりです。ただし、そのやり取りはその場で完結しています。あの展示会の誰も、あなたがまだトートバッグを持っているかを確認していません。ホテルも、棚に置いた三本目のミニボトルが使われたかどうかを気にしていません。義理があったとしても、それはその場で一度感謝して受け取ることまでで、ずっと家に住まわせることではありません。
「どう手に入れたか」ではなく「何なのか」で仕分ける
「無料でもらった物」をひとまとめの分類として扱うから、この引き出しは膨らみ続けます。実際に何なのかで分けると、仕分けはずっと早く進みます。
消耗品——試供品の乳液、ホテルのアメニティ、ティーバッグ、各種のミニボトル。 これらは「残す価値」という点でいちばん賞味期限が短いものです。近いうちに使うか、確実に使う場所に置くか——ジムバッグ、来客用の洗面所——今すぐ手放すか。手放しても失うものは何もありません。「いつか使うかも」がここで勝つことはなく、必要になったら、そのとき自分に合うサイズを買えば済みます。
ロゴ入りの物——ボールペン、トートバッグ、ストラップ、ストレスボール、胸に社名の入ったTシャツ。 自分に問いかけます。もしロゴが一切なく、ただでこれをもらったとして、本当に使うか。答えが「使う」なら――丈夫なトートバッグは、結局のところ丈夫なトートバッグです――残して実際にローテーションに入れます。ロゴが入っているという理由だけでまだ捨てていないなら、それはそもそも「物」ではなく、イベントが終わった瞬間に役目を終えた広告の残りです。
たまたま無料だっただけで、本当に役に立つ物——しっかりした傘、まともなノート、実際に使える道具。これらはふつうの持ち物と同じ基準で判断します。使っているか、すでに三本持っていないか。
変えるべきなのは「受け取った後」ではなく「受け取る前」の一瞬
重複買いを止めるあの5秒の確認は、ここでも同じように使えます。ただし値札の前ではなく、その前の瞬間に使います。これを本当に家に持ち帰りたいか。この問いにコストはかかりません。「ありがとうございます、大丈夫です」とブースで言うのは、どんな小さな社交の決まり文句と同じで、繰り返すほど楽になります。レストランのミントまで断る人になる必要はありません。効くのは、展示会のノベルティ袋やブースの粗品、購入特典のアップセルのような、繰り返し発生する入り口に対してです。
「終わった」とはどういう状態か
無料の物が家に一切ないことではありません。ボールペンはボールペンで、中には本当に書きやすいものもあります。イベントに出るたび、ホテルに泊まるたびにその引き出しが静かに膨らんでいかないこと、そしてブースでトートバッグを受け取っても、それが五年住み着く心配をしないでいられることです。こうしたカテゴリが気づかないうちに何度も補充されているなら、それはまさに Kept の未使用日数の記録が向いている問題です。登録した物に最終使用日を付けておけば、大掃除のときに引き出しごと再発見する必要がなくなります。