なぜサプリを飲みきる前に、また新しいものを買ってしまうのか
買う瞬間のきっかけが、ほとんどの場合「そろそろ切れそう」ではないからです。「マグネシウムと睡眠の記事を読んだ」「友人がこれで調子が良くなったと言っていた」「最近ちゃんと体をいたわっている自分でいたい」——そういう新しい思いつきが引き金であって、棚の在庫を確認した結果ではありません。だから買う前に棚を見るという発想自体が浮かびません。気づけば三分の一ずつ残ったボトルが三本並んでいて、それでも一本ごとには「また同じものを買ってしまった」という感覚がまったくなかったりします。毎回、その場では新しいスタートだったからです。
飲みきらなかったボトルは、誰にも気づかれないまま棚に戻る
使わなくなったものの多くは、何かしらの形でそれを知らせてきます。着なくなった服はハンガーに掛かったまま場所を取りますし、使わない家電は台の上に出しっぱなしになります。でも二週間だけ飲んで、いつの間にかやめたサプリのボトルは、フタを閉めてそのまま棚に戻るだけです。買った日とまったく同じ見た目のまま、そこにあります。色が変わるわけでも、においが変わるわけでもなく、床に積もったモノのように、いずれ何とかしなければという圧力をかけてくることもありません。飲みきってもいないし、捨ててもいない、そのどちらでもない状態のまま、ずっと動かずにいます。
飲み直すのは失敗を認めるようで、買い直すほうがまっさらに感じる
これはシャンプーの残りボトルなどとは違う、サプリならではの部分です。九日でやめてしまったマグネシウムのボトルをもう一度開けるのは、毎日飲むつもりだったのに続かなかったという事実に向き合うことになり、小さな自己嫌悪がつきまといます。ほとんどの人はそれを避けたいと思うものです。一方、少し違う理由——今度は「睡眠のため」——で買う新しいボトルには、その過去がついてきません。やり直しではなく、前向きな一歩として扱えます。この感情的な近道は、単なる物忘れよりもずっと大きく、この行動パターンに関わっています。
それぞれが別の悩みに応えているから、重複に見えない
棚に半分残っているのに、まったく同じ銘柄のマルチビタミンをもう一本買うことはあまりないでしょう——それは誰の目にも明らかな無駄に見えるからです。実際に起きているのはもっと分かりにくいことです。冬に備えて買ったビタミンD、睡眠のために買ったマグネシウム、集中力のために買ったビタミンB群、友人の勧めで買った鉄剤。どれも今その時点での具体的な悩みに答えるための買い物で、棚に並んだ時点ではまったく別物に見えます。けれど戸棚の中では、名前が毎回違うだけで、お金と場所が実際には使われていないものに向かっているという点で、ほかの重複買いとまったく同じ結果になっています。
ウェルネス系の宣伝は、手元の在庫ではなく新しい悩みに合わせてつくられている
サプリの売り場も、ウェルネス系のSNSも、「もう何を持っているか」はほとんど聞いてきません。聞いてくるのは「これは試した?」で、その対象は集中力、腸活、ストレス、肌、免疫と絶えず入れ替わります。この訴え方は、持ち物リストが本来答えるはずの問いを、意図的に迂回するように作られています。悩みから話が始まり、棚から始まらないからです。新しいサプリを試すこと自体は何の問題もありません。ただ、その決断の前に棚を一度でも見返しているかどうか——半年前の別の悩みで買って、飲みきらないまま置いてあるボトルがそこにあるかどうか——は、意識しておく価値があります。
意志力の計画なしで、実際に役立つこと
これは意志力の問題ではありません。毎日必ず飲むチェックリストを作ったり、飲みきれなかったことを「もったいない」と責めたりして意志力の問題に仕立ててしまうと、次に買うかどうかの判断がかえって重くなります。実際に役立つのはもっと小さなことです。新しいサプリをカートに入れる前に、棚にすでに開けてあるものと、だいたいどれくらい残っているかを数秒だけ見ること。それだけです。飲みきらなかったことは直すべき失敗ではなく、ひとつの情報でもあります——それは続ける価値がなかったということかもしれず、それ自体はやめる十分な理由になります。次の購入が、見落としではなくきちんとした判断であるかぎりは。
記憶より、短いリストのほうが頼りになる
似たような白いボトルが並ぶ棚の中身を正確に覚えておくのは難しいことで、まさにそこを埋めるために Kept はあります。すでに開けているもの——マグネシウムはあと三分の一くらい、去年の冬のビタミンDはほとんど減っていない——を声に出して伝えるだけで数秒で済み、「たしか似たようなものがあった気がする」という曖昧な感覚を、会計の前に確認できる答えに変えてくれます。よく似たボトルの前に立ってから思い出すのではなく。