写真か文字か:持ち物リストに本当に必要なもの
これはカテゴリごとに決めることで、家全体を一度に決めることではありません。写真が手間に見合うのは、名前だけでは二つを区別できないときか、その物の見た目を自分の記憶だけでは信用できないときだけです。それ以外は、単語を三つ打つほうがカメラを開くより速く、そして速いことこそが実際に続く理由です。
「全部撮る」が「何も書かない」より早く挫折する理由
リストを作ろうと決めた瞬間、人はまず丁寧にやろうとします。そして「丁寧」は「全部の物を撮影する」に翻訳されがちです。この一つの判断が、一件あたりの手間をこっそり二倍にも三倍にもします。物を見つけ、構図を合わせ、保存を待ち、それでも文字で検索できるようにするには結局名前を打つ必要があります。引き出し一つを文字で記録すれば四分で終わるところが、写真だと四十分かかり、家じゅうの引き出しにその四十分をかけ算した地点で、ほとんどのリストが放棄されます。逆説的ですが、より丁寧に見える「全部撮影」のほうが、「全部入力」よりも不完全なリストに終わります。入力のほうは、実際に最後まで終わるからです。
名前だけで十分な場合
名前を聞いた瞬間にそれだと分かり、家に見分けのつく二つ目が絶対にない物には、文字で十分です。テレビ一台、自転車一台、タイトルを覚えている本、二年前に買ったドリル。これらは写真がなくても検索できます。店の通路で「ドリル」と打つのは、写真を見るのと同じ答えを、はるかに短い時間で返してくれます。家の大半はこのカテゴリに属します。だからこそ、カテゴリの選び方さえ正しければ、文字だけのリストは「本物の簡易版」ではありません。唯一無二で記憶に残る物にとって、それはすでに本物そのものです。
写真でしか答えられない場合
写真が本領を発揮するのは、まさに言葉が力不足になる場面です。自分が持っている物と、店で見ている物が、同じ名前で呼べてしまうほど似ているとき。「黒いセーター」では、すでに持っている一枚と目の前のラックにかかっている一枚を区別できませんが、写真なら一瞬です。ケーブルやアダプタも同じで、全部「白いやつ」と呼ばれがちです。サイズが近い工具、そして香辛料やねじ、毛糸、生地のように性質上いくつも持つことになる物も同様で、そこで意味を持つ違いは色や柄という、言葉では伝えにくい情報です。写真はもう一つの失敗も救ってくれます。数か月前に登録したきり、名前だけではもう見た目を思い出せない物です。見るほうが、説明文を読むより速いことがよくあります。
おおまかな判断の目安
写真をかける価値があるのは、たいてい複数持っていて、ぱっと見では区別しにくいカテゴリです。定番の衣類、ケーブル、工具、手芸や趣味の材料、色や柄そのものが重要な物。写真が無駄になるのは、たいてい一つしか持っておらず、絶対に見間違えないカテゴリです。家具、大型家電、うっかり二つ目を買ってしまうには大きすぎる物。どちらか迷ったときに使える目安があります。店でよく似た物を手に持っている自分を想像してください。頭の中の名前だけで確信できますか、それとも家にある物を実際に見ないと安心できませんか。答えはたいてい即座に出て、カテゴリ分けのどんな一般則よりも当てになります。
認識機能がこの計算を変える
この選択がかつてより難しく感じられたのは、撮影がそのまま記録の全てを意味していたからです。あとで見返して、それが何だったか自分で思い出す必要がありました。Kept のバッチ認識はこの前提を変えます。棚の上を一度に最大十点まとめて撮影すると、それぞれに名前を下書きしてくれるので、写真は入力の上に重なる余計な手間ではなく、むしろ速い経路になります。登録前には必ず確認画面を通すので、下書きが間違っていても、やり直しではなくタップ一つで直せます。写真が助けにならないカテゴリでは、音声が同じ役割を果たします。引き出しの中身を声に出せば、キーボードに触れずに構造化されたリストになります。どちらを使うかの判断基準は変わりません。記憶だけでは見分けがつかない棚は撮影し、それ以外は声に出すだけです。
「終わった」とはどういう状態か
家全体を撮影し尽くした状態でも、家全体を文字で入力し尽くした状態でもありません。写真があってこそ役に立つ項目には写真があり、撮影してもかえって足を引っ張るだけの項目には写真がない状態です。そうしておけば、半年後に店先でリストを開いたとき、そこに出てくる項目が、あなたが店に入った瞬間に知りたかった答えをちゃんと返してくれます。