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始めないまま終わった趣味の道具、どうする

本気で心を動かされて買ったのに、結局一度も使わなかったもの――そこには独特の後ろめたさがつきまといます。「やってみたけど続かなかった」なら、少なくとも語れる経緯があります。でもこれは箱を開けたことも、電源を入れたことも、タグを外したこともない。それは、一度も一日分の行動にならなかった意図の証拠として、そこに置かれ続けます。思っていたことと、実際にやったことのあいだにあるこの隙間こそが、使い古したものより手放しにくくしている理由です。

「始めなかった」が「やめた」より重く感じる理由

試してやめた趣味なら、道具を見返す先に記憶があります。何度かの週末、できあがった作品が一つか二つ、実際にやってみた手応え。その道具を手放すのは、すでに起きたひとつの章を閉じることです。ところが、一度も触らなかった織り機やイーゼル、買ったまま弾かなかったギターには、そういう章がありません。思い出せることが何もなく、あるのは頭の中だけで完結していた計画だけです。その箱を処分することは、その計画が頭の中から一歩も出なかったことを認めるように感じられます。その物は、もう終わったひとつの経験の証拠ではなく、まだ果たしていない意図の証拠なのです。だからこそ、扱いがずっと難しくなります。

未使用・未開封がかえって手放しにくい理由

使っていない、新品のままの物こそ、いちばん手放しやすいはずだと思うかもしれません。使用感もなければ、思い出もない。でも実際には逆のことが起きます。一度も使っていないぶん、まだ何も「元を取って」いないので、手放すことはその買い物の価値をまるごと、何の見返りもなく手放すことのように感じられるのです。一シーズン着たジャケットは、少なくとも着た分だけ働いてくれています。封を開けていない画材セットが返してくれたのは、開けるつもりだったという記憶だけです。使っていないものほど、まだチャンスを与えられていないように見え、その理屈を正直に突き詰めても、実際にチャンスが使われる瞬間には決して辿り着きません。

実際に始めなくても、判断はできる

その趣味を先に一度試してみないと、道具について決める資格がない、というわけではありません。それはただ、ひとつのプレッシャーを別のプレッシャーに置き換えているだけです。もっと簡単な基準があります。実際に始める、具体的な――大まかでかまいません――時期はありますか。「いつか」ではなく、「落ち着いたら」でもなく、カレンダーに書き込めるようなものです。正直な答えがノーなら、その計画はすでに静かに期限切れになっています。あなたはまだ、そのラベルを「始めるつもり」から「今のところやらないと決めた」に書き換えていないだけです。これは意志の弱さの証拠ではありません。計画は起きなくてもいいものです。習慣が終わってもいいのと同じで、どちらも儀式は必要なく、あなたという人間への判定でもありません。

持っていることは、始める可能性を残すこととは違う

手放すときに感じる不安の正体は、道具を処分したら「いつか始めるかもしれない」という扉そのものが閉じてしまう、という感覚です。まるで、陶芸をする人でいられる唯一の方法が、一度も電源を入れたことのないろくろを持ち続けることであるかのように。でも実際はそうなりません。何年も道具を持ち続けたからといって、始めやすくなったわけではありません。もしそれで始めやすくなるなら、とっくに始めているはずです。そして今それを手放しても、扉が完全に塞がれるわけでもありません。もしその興味が本当に、漠然とした願望ではなく具体的な時期を伴って現実になったら、道具はまた買えます。むしろそのころには、状態がよく、自分が本当に必要なものが何かをわかった上で選べているはずです。今しまい込んでいるのは扉ではなく、罪悪感を乗せた棚なのです。

実際に活かせる先はどこか

未開封であることは、ここでは足かせではなく強みです。封を開けていないキット、ビニールをまだ剥がしきっていない楽器、説明書を一度も開いていない一式――これはまさに、その趣味を始めたばかりの人が探しているものであり、新品より安く手に入り、あなたよりずっと早く実際に使ってもらえます。その趣味に特化した入門講座やコミュニティ、掲示板は、そうした相手にいちばん早くたどり着ける場所です。すでに価値がわかっている相手なので、説明もほとんど要りません。レシートや箱がまだ残っていて、一度も使っていないなら、何よりまず返品や交換ができないか確認する価値があります。フリマや寄付より確実に元が取れます。その期限を過ぎてしまったものは、そのジャンルを専門に扱う買い手のほうが、一般的なフリマアプリより状態を正しく評価してくれるので、たいてい早く、そして納得のいく価格で手放せます。

手放す前に一言だけ記録しておく価値があるもの

その道具が本当に高価だった場合――ちゃんとした楽器、いいカメラ、まとまった工具一式――手放す前に、それが何で、いつ手放したかを一言だけ記録しておく価値があります。同じような興味がまた芽生えたときに、一度試したことがあるかどうかをひと目で思い出せるようにするためです。そうしておけば、同じ入門セットをまた買って、また封を開けずに置いておく、ということを繰り返さずにすみます。これはまさに、Kept が断ち切ろうとしている繰り返しです。持ち物を簡単なリストにしておき、最後に触れた日を添えておけば、一年前に買ったまま開けていない入門セットが自分から浮かび上がってきます。わざわざ思い出す必要はありません。買う前に確認する検索機能も、それとよく似たものをまた買ってしまう前に止めてくれます。

「片づいた」とはどういう状態か

実現しなかった計画がひとつもない家、という意味ではありません。何かを学びたいと思うこと自体は、治すべき問題ではないからです。それは、棚に今実際に手を動かしているものだけが並んでいて、実現しなかった計画は、評価をつけずに正直に整理された状態のことです。その興味が本物なら、あらためて道具を買う準備ができたときにも、その興味はまだそこにあります。そしてそれまでのあいだ、一度も開けなかった最初の一式を手放しておいても、失うものは何もありません。