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見られなくなった VHS テープ、どうすればいい

その箱は、押入れの奥か棚の下段からたいてい出てきます。そして最初に気づくのは、中身が何かということより、家の中にそれを再生できるものが何もないという事実です。VCR が普通に家にある機器でなくなって、もう二十年になります。だからテープはそのまま置かれ続けます。ラベルは半分だけ、あるいは何も書かれておらず、大事なものであると同時に手が届かないものであるという、ものとしては少し奇妙な状態のままで。

なぜこの山が CD の棚より厄介なのか

ほとんど再生しない CD や DVD の山は、それでも技術的には再生できます。ドライブが付いていないノートパソコンが多いだけで、安い外付けドライブを買えば午後のうちに解決します。VHS はそれとは別の種類の「古さ」です。再生機自体がほとんどの家から消えていて、テープは触っても触らなくても時間とともに劣化し、年月が経つほど対応する機器を見つけにくくなる一方です。劣化していくことと、読み取れなくなっていくことが重なっているからこそ、この箱は同じ期間ずっと放置されてきた他の物より、なぜか急ぎに感じられるのです。

テープの中身は一種類ではない

この箱にはほぼ必ず、複数の種類のものが混ざっています。結婚式、子どもが小さかった頃、もう会えなくなった祖父母がカメラに向かって話している場面――ほかにコピーのない映像が、1997年にテレビから録画した映画の隣にあり、その隣にラベルのない三本のテープが並んでいる。これを一つの決断として扱おうとするから、箱を開けるのが億劫になります。まず「他にない映像」「他で手に入る内容」「わからないもの」の三つに分けてしまえば、一つの手に負えない決断が、三つの簡単な決断に変わります。本当に時間をかける価値があるのは、そのうち一つだけだからです。

デジタル化には実際どれくらい手間がかかるか

テープの映像を見られる形式に移すには、VCR で再生しながらキャプチャ機器で録画する、あるいは同じことをより大きな規模でやってくれる業者に送る、という方法になります。どちらにしても実際に時間がかかります。2時間のテープなら、変換にもおおよそ2時間かかります。画質を落とさずに再生速度を上げる方法がないからです。この事実こそ、始める前に仕分けをする価値がある理由です。この速さで箱の中身をすべて変換するのは週末で終わる作業ではなく、そう思って手をつけると、たいていまた五年間、箱は押入れに戻されることになります。

変換する価値があるのは、他にコピーのない映像です。同じ手間をかける価値がないのは、テレビから録画した映画のほうです。今ならもっと良い画質でどこでも手に入りますし、そのテープ自体への思い出があっても、それは変わりません。一本のテープがどちらの山に属するかを、時間をかける前に正直に見分けることが、すべての鍵です。

手放すべきテープ

他にない映像を別にしたあと、残りのほとんどには実質的な次の使い道がありません。空のテープやテレビ録画のテープは売れませんし、多くの団体はもう VHS を受け取ってくれません。彼らも同じように処理できないからです。棚のスペースを取る分だけ、コストのほうが上回ってしまいます。これはあなたの失敗ではなく、機器がなくなった規格に必ず起きることです。誠実な選択肢は、テープに含まれるプラスチックや金属をそのまま埋め立てに出さないよう、電子機器の回収に出すこと、近くにその手段がなければ通常の廃棄に出すことです。どちらも「寄付する」ほど気持ちよくはありませんが、ラベルのないテープの袋に次の持ち主が待っているかのように思うのも、一種の先延ばしです。

すべてではなく、一本だけ残す

ときどき大切なのは録画されている内容ではなく、テープそのものであることがあります。親の筆跡で書かれたラベル、特定の記憶に結びついた特定の物。それは見られる内容をすでに別の形式に移した後でも、一本か二本を実物として残す正当な理由になります。箱の残り全部が、同じ理由を主張する必要はありません。「念のため」で全部残してしまうのは、たいてい個々のテープの話ではなく、残す価値があるものとないものを、まだ分けていないだけなのです。

小さな記録が、次の「あの箱」問題を防ぐ

変換したファイルにしても、筆跡の残る一本か二本にしても、残すと決めたものには、棚の隅よりましな場所がふさわしいです。これは Kept が向いている、地味だけれど確かなことの一つです。箱をまた閉じる前に写真を撮る、あるいは中に何が入っているかを声に出して言う。それだけで、また五年後に開けて同じ疑問を抱く「謎の箱」ではなく、後から見つけられる記録になります。

うまくいったときの姿

テープが一本もない家になることでもなく、すべての家庭映像を全力で変換し尽くしたハードディスクになることでもありません。実際に見られる場所へ移した映像の短いリスト、そのもの自体に意味があるから残した一本か二本、そして押入れに空いた、かつて大事だけれど手の届かない箱が置かれていた場所――それだけです。