なぜ二度と使わないお土産を買ってしまうのか
家でなら、灯台のイラストが入ったショットグラスは棚に一週間も置かれずに捨てられるでしょう。旅の最終日、空港の土産物店でなら、同じものが買い物かごに入るまでにものの四秒もかかりません。物自体は何も変わっていません。変わったのは、自分がどこに立っていたかだけです。そしてその一点が、旅先での買い物を、普段の買い物とはまったく別物にします。
足りないのは物ではなく、その場所そのもの
キーホルダー、冷蔵庫用マグネット、街のシルエットが印刷された缶入りクッキー——そのほとんどは、実のところ一点物でも何でもありません。大量生産され、同じ通りに並ぶ何十軒もの似た店で売られていて、今日買わなくても明日もそこにあります。本当に限られているのは旅そのものです。来月もう一度この市場に立って、じっくり考え直すことはできません。「今買わなければ」という切迫感は本物ですが、それが向けられている先を間違えています。それはその瞬間に属していて、物そのものには属していません。家に帰ってしまえば、物はその瞬間の後ろ盾なしに、自分だけで価値を証明しなければならなくなります。
お土産に、本来担わなくていい役目を負わせている
買う瞬間、頭の中では物と記憶がいつの間にか同じものとして扱われています——このマグネットを買わなければ、あの街のことを忘れてしまうかのように。逆はほとんど成り立ちません。旅の記憶はたいてい、物がなくても写真や何度か語った話、あるいは特に形にしなくても「行った」という事実だけで、ちゃんと残ります。物は実際には何も支えていなかったのです。店の中ではそれに気づきにくいものです。何かを買うことが、その瞬間を大切にした証のように感じられるからです。一年後、記憶はそのまま残っているのに、物は帰ってから一度も開けていない引き出しの中——そのときになって、ようやくそれが見えてきます。
見せてと頼まれることのない相手のために買っている
お土産がその場で「買わなければ」と感じられる理由の一部は、後日誰かが旅について尋ね、その物を証拠として差し出す場面を、頭の中であらかじめ演じてしまうことにあります。実際にはそんな場面はめったに起きません。起きたとしても、友人が旅について尋ねるのはたいてい会話の中の一言であって、証拠を求めているわけではないのです。その一幕のために買われた小道具は、結局何の出番もないまま終わります。その場面自体が、そもそも大半は想像でしかなかったからです。買ったのは、実際には口に出して語られることのない話でした。
何時間も離れた場所からは、家の棚が見えない
もう一つ、感情とは関係のない、もっと単純な理由もあります。旅先での買い物がよく重複するのは、何時間も離れた市場から自分の家の棚を見ることができないからです。家でなら、買う前にすでに持っているかどうかをちらっと確認する習慣が機能します。棚がすぐそこにあるからです。旅先ではこの一手がまるごと消えます。頼れるのは記憶だけになり、これが四回目の旅行で買った四個目の似たようなマグカップかどうか、記憶だけで判断しなければなりません。そして記憶は、そこまで具体的な問いには向いていません。
ポケットに入る持ち物リストが、ここで効いてくる
持ち物リストが頭の中や家のノートではなく、スマホの中にあることが、片づけとは無関係な理由で意味を持つ、数少ない場面の一つがここです。Kept の持ち物は端末に保存され、電波がなくても動くので、家で買う前に使うのと同じ検索——「マグカップ」と入力して、すでにいくつあるか、そのうち何か月も触っていないものがいくつあるかを見る——が、海外の市場に立っていても同じように使えます。すべての購入を思いとどまらせるためのものではありませんし、そう狙っているわけでもありません。ただ、その瞬間に、記憶だけでは答えられない具体的な問い——これは本当に五個目なのか——に答えてくれるだけです。
開けていない紙袋の引き出しで終わらない旅にする
解決策はお土産の禁止ではありません。それは逆向きの後悔を生みがちです——原則で何もかも我慢したせいで、旅そのものが味気なく感じられてしまいます。もっと狭いルールのほうがうまくいきます。一つの旅につき一点だけ、その場のなりゆきではなく、きちんと選んで買う。それだけで「あそこへ行った」という印には十分で、似たようなものが引き出しにたまることもありません。消費してなくなるものを選ぶのも一つの手です——食べ物、スパイス一瓶、使えばなくなるもの——棚に永久に居場所を確保する必要がないからです。食べてしまえば、それで終わりです。そして、その瞬間があったことを証明するためだけの物なら、写真が同じ役目を無料で果たしてくれます。持ち帰る必要も、開ける必要も、あとでどうするか悩む必要もありません。
「うまくいっている」とはどういう状態か
スーツケースの中身が洗濯物だけということでも、旅の記憶が二度と見返さないカメラロールの中にしかないということでもありません。それは、本当に意味のあった一つか二つの物だけを持ち帰り、自分でもどの旅のものか思い出せないような品が、棚に静かに積み重なっていかないことです。